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それは紛れもなくヒーリングっど プリキュアの総合感想

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◆序論

ヒープリの総合感想記事です。
大まかな内容は前作とあまり変わりありません。何もなかったです。
固有の拘りのようなものは無くもないのですが、作品全体の希薄さをカバーするに至っていません。
しかも部分的には前作から劣ってる箇所まであります。何もない以上に落ちぶれるってどういうこったよ

そんな何もない作品を頑張って掘り下げて全体の感想記事っぽいものを作りました。
前作より労力掛かりましたが、多分前作よりも中身ないと思います。だって何もないんだし


※本記事にて挙げている「インタビュー記事」というのは、アニメージュ2021年3月号のことを指しています。
意外と爆弾内容が記載されているので、読んでみると面白いかもです。今ならデジタル版も購入できます。
ちなみプリキュア特集号であるアニメージュ2021年1月号増刊も読みましたが、そちらはそこまで大した情報載ってませんでした。

ヒープリep07_0

◆よかったところ

◇プリキュアと妖精間の関係性を重視しようとした

話を追うごとに、妖精枠キャラがただのペットや変身用アイテムだけの存在に成り下がっていく従来作において、
本作ではプリキュアと妖精間とで、積極的にコミュニケーションをとり、ドラマを成立させていく姿勢が強調されていました。
妖精達も、己に課せられた使命に対する熱意や、プリキュア達の身を案じる気遣いなど、
一キャラクターとしての立ち位置を確立させようとする意図が随所で感じ取れました。

それ自体は悪いことではないのですが、本作ではそれ以外の部分が手が回り切れず、
単純な評価点というよりは裏目に出て不満点を助長する結果になってしまったと感じています。
詳細は後述。



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◆ダメだったところ

◇構成の悪さに起因するキャラクター描写の雑さ

本作はストーリー構成が機能してなかったんじゃないかってぐらいキャラクター描写が雑で、
その回を任された脚本家がその場しのぎで仕上げたような話がいくつも散見されました。
結果的に、過去に描かれたことが無視されたり、異様に中だるみした期間が長く続いたり、何の掘り下げもないまま放置されるキャラが出てきたりと、
いくつもの問題点が散見されることとなってしまいました。


主人公であるはずの花寺のどかは、歴代キャラの中でもあり得ないレベルの中身の無さを誇っていました。
過去に病気を患い周囲の支えの甲斐あって再起できたという経歴を持つのですが、
病気の内容や当時の経験の詳細については2クール目中盤になるまでまともに触れられず、
「あの頃は大変だった」「でも頑張った」だの、既に終わった事象に対する感想を述べるばかりで、
一向に実態が描かれないことを根拠に意見を主張する姿には非常にやきもきしました。
こんな有様なので病気の描写は1クール目で早々息切れしてしまい、2クール目からは特に触れられることもなく事実上の死に設定と化してしまいました。

病気以外に彼女のパーソナルな設定を掘り下げられるものがあるのかと言えば、これが何もありません。
「宇宙と星座が大好き」だとか「イケてるお姉さんを目指している」といった、初期設定特有の抽象的なキャラ付けすら存在しません。
趣味や目標に欠けているのは長年病気を患っていたせいと言えなくもないですが、
そのわりに自分から新しい趣味や目標を見つけようともしませんでした。

では「過去の病気」にこそ のどかのキャラクター性を示す重厚なエピソードが詰まっているのかと思いきや、
実際は悪役であるビョーゲンズ(ダルイゼン)に憑依されていただけで、体調が元に戻ったのもビョーゲンズが自主的に のどかの身体を去っていっただけ、というあんまりな内容でした。
作中ではこの事象をごく一般的な範疇での「病気」として扱っていましたが、
私としては病原体が宿主の身体を好き勝手出ていくことのできる事象を世間一般でいう「病気」としてみなすことができず、
むしろただ敵の手の平の上で踊らされ続けただけではないか、という茶番染みた印象さえ醸し出しいるように見え、
のどかが「過去の病気」から得た経験を無碍にしているように感じられました。

これといった特徴もなく、新しいことを身に着けようともせず、唯一のパーソナル設定である「過去の病気」は死に設定と化した後、公式自ら茶番扱い。
結果的に無い無い尽くしの空虚なキャラクターと化してしまい、彼女への魅力や関心といったものは完全に潰えました。
個性がない人のことを私は好きにも嫌いにもなれません。


沢泉ちゆは、部活動でハイジャンを嗜み、実家が旅館を経営しているためそちらの手伝いにも精を出している…
というメイン4人の中でも立場がハッキリしているキャラクターであり、
最終的にどちらの道を目標として定めるのか、という点がキャラ固有の見所として挙げられていました。

しかし作中では「女将仕事をやりたい!」と早々に結論を出したかと思えば、
だいぶ月日がたった後に「ハイジャンで世界を目指すわ!」と前言を撤回し、
更にその4週後に「(両立できないから)どちらにすればいいのかわからない!」と唐突に悩みだし、
結論をひっくり返しまくった末に「ハイジャンも女将も両立する!」という正気を疑うような結論が出て唖然となりました。
こんなん現実で言い始めたら、ハイジャンの選手や女将仕事してる人から盛大なボディブローを食らうと思います。

異なる目標に板挟みになり思い悩むこと自体悪いことではありませんが、
ちゆの場合、先述したように目標の話をするたびに無理矢理結論を出してはひっくり返すことを繰り返してきたため、
板挟みになる経緯が非常に行き当たりばったりで筋が通っていないことが大きな難点だと感じました。

また、最初から最後までハイジャンと旅館というガワの設定しかストーリー上では扱われず、
彼女の内面を掘り下げるにあたっての取っ掛かりが少なく、個人回以外ではこれといった活躍も印象も残せなかったことも残念だと感じました。


平光ひなたは基本的に明朗快活でありながらも、自身の性格や周囲との比較で劣等感を抱いたり、自虐に走ることが多く、
個人回ではそれらを意識したダウナーな話が数多く存在しました。
ちゆ同様、明白な伸びしろが提示されているキャラクターではあったものの、
明確に改善された様子はなく、自身の性格面の難点については終盤まで引きずり倒し、
周囲と比較した際のコンプレックスに関しては視聴者の与り知らぬところで解決していました。

もっとも、ちゆと違って比較的個人の内面描写が多かったこと、
キャラ立ちしやすい性格のおかげで個人回でなくても存在感を発揮しやすく、
最終的には「今がダメでもやれるところから取り組んでいく」という無難でも地に足着いた選択をしたため、、
全体的にはイマイチでもメイン4人の中では最もマシな扱いだったと思います。


追加戦士・風鈴アスミに関しては、

・人外
・身体年齢20歳
・先代プリキュアと酷似した外見と能力を持つ


と、固有の設定はいくらでもあったのに、誰からも気に留めてもらえなければ、
ストーリーでも全く活かされないという、ある意味のどか以上に悲惨な扱いのキャラクターでした。

登場直後は人間性に欠けている彼女に教養を身に着けさせるべく情操教育系のエピソードを数回挿んでいましたが、
全て「へー、そうなんですね」と一人で納得するパターンに終始していました。
この手の情操教育系エピソードは「何を学んで何を得たのか」というストーリー上で明らかにしてこそ意味があると思っているのですが、
全て本人の中で自己完結してしまったため、それ以上ストーリーが広がりを見せませんでした。

では情操教育以外に何をやったのかと言いますと、見事に何もやっていません。
個人回(と言えるような話)は27話という早期で終了しており、それ以降はプリキュア3人と相棒の犬に引っ付く置物と化してしまいました。
掘り下げられそうな設定はたくさんありましたが、本人も周囲もスタッフも誰も気にしてくれないので何も描かれない以前に何も始まりませんでした。
「やろうとしたけどダメでした」ならまだ分かりますが、「やれそうだったけど何もしませんでした」は論外と言うほかありません。

極端な話、存在そのものを抹消してもストーリー的には何ら問題ないキャラクターだったと思います。
前作のユニでさえ存在意義が不明瞭な部分はありましたが、それでも故郷と仇敵を巡る個人的なストーリーには一応のオチがつけられていました。
誰にも触れられないし、何も始まらないし、ただそこにいる"だけ"の存在に価値があるとは到底思えません。
最初から最後まで「何がしたかったんだろう?」と思ったキャラクターはプリキュアでは初めてかもしれません。



ヒープリex_1

◇活かせなかったモチーフ

本作では、「生きる」ということをテーマに「地球のお医者さん」というものをモチーフにしてストーリーが作られていましたが、
それが真っ当に活かせていたかどうかは甚だ疑問が残りました。

まず「地球のお医者さん」というモチーフに関しては、プリキュアの容姿や玩具のデザインからも伺い知れることができましたが、
既存要素の一部をそれっぽく差替えただけでモチーフを活かした演出にはなっていなかったと思います。
例として、メガビョーゲンの身体をサーチしてビョーゲンズに侵食されているエレメントさんを確認する「キュアスキャン」なる機能がありましたが、
スキャンして敵の弱点を探るとか、戦法を切り替えていくとかそういったギミックはなく、ただ本当にスキャンするだけの内容に留まってしまい、
何のためにやっているのか全く分からない演出と化してしまいました。
何故か始めから終わりまで徹底した演出だったため、総合的に考えればテンポを阻害するお邪魔演出に成り果てていたと思います。

他にも、変身アイテムであるヒーリングステッキは医療器具であることを意識してか常時手持ちしていましたが、
そのせいでプリキュア側の手が常時塞がってしまい、アクションがキック一辺倒となることでアクション演出の幅を自ら狭めることとなってしまいました。
エレメントさんやラテと会話するために使う聴診器に関しては、過去作であればいつも通り会話できることを
無理矢理聴診器を介して行うことによりテンポが悪くなっているように感じました。
エレメントさんに関しては回を追うごとに会話シーンそのものが少なくなったため有名無実と化し、
ラテに至ってはいつまでも聴診器を介して会話していることから、むしろコミュニケーション不全を助長させているようにも見えました。

また、「お医者さん」というモチーフがバトルパートにしか使われなかったことも問題として挙げられます。
過去作品における「スイーツ作り」「子育て」「宇宙」といったモチーフはどちらかと言えば日常シーンで使われる傾向にあり、
1話あたりの尺が「日常>バトル」と言うこともあって自然とモチーフを利用した話を描くことで自然と視聴者へその印象を強めることができました。
一転して本作では尺の短いバトルパートにモチーフが集中することで、日常パートは尺が長いだけで何のモチーフも活かされなくなってしまい、
よりストーリーの印象を薄くしてしまう結果になってしまったと思います。



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◇不誠実なテーマ

先述したように、本作のテーマは「生きる」ということです。
「生きる」とは何でしょうか? あまりに抽象的すぎて、線引きしなければまるで意味が通じません。
では、製作スタッフはこの概念をどう線引きしていたのでしょうか?

シリーズ構成の香村さん曰く、「生きることは闘うこと」だそうです。
人は大人になるにつれて、仕事や結婚など、人生の上で重要な選択に迫られる場面がある。
それこそが生きる上での「闘い」であり、本作ではそれらに悩みながらも自分なりの選択をしていく姿勢を描いてきたと。
「生きることは闘うこと」、言い換えるなら「生きることは選択すること」とも言えるでしょうか。
インタビュー記事を読んで、私なりにそう解釈しました。

確かに、本編終盤では のどかによって、プリキュア4人が
これまでに行ってきた「闘い」について触れてきましたから、ストーリー上で意識していたことは間違いなさそうです。
しかし、そんな香村さんのテーマの描き方には1つ不誠実なところがあると思いました。
「選択した後の結果」について、全く触れていないのです。
それは前項で記したキャラクター評を見ていけば明らかだと思います。
(記事の構成上、キャラクターの順序は規定とは異なります)


ちゆは部活動のハイジャンプと、実家の旅館のお手伝いに触れ、どちらの道に進むか迷っていましたが、
結果的に「ハイジャンで世界を目指しながら女将をやる」というトンデモ結論を出しました。
結論にツッコミどころがあったとはいえ決めたものは仕方ないですから方針を決めた以上どんな将来になるのかな~と思ってたら、
ハイジャンの話も旅館の話もそれ以降バッタリなくなりました。

ひなたは自分の性格の問題点やポテンシャルの無さにコンプレックスを抱いており、
何かに失敗してはナーバスになることを繰り返していました。
その度に周囲や相棒に支えられたりして奮起し努力する姿勢を見せていましたが、
結局彼女自身が本質的に変わる機会はありませんでした。

両者とも方針や決心を選択してにも関わらず、その後の結果が全く描かれていないことから、
話にオチが付いていないことになってしまい、「選択すること」だけで満足しているように見えてしまいました。
「ハイジャンで世界を目指しながら女将をやる」なんて言い出したらその結末が気になるのは当たり前ですし、
人としての内面に明確な問題を抱えていたのなら、少しは改善した様子が見たいと思うのは視聴者の性みたいなものではないでしょうか?
気になる要素をちらつかせておいて、オチだけ取っ払うってちょっと不誠実だと思います。

それでも、ちゆと ひなたの2人は「選択」できただけマシです。残り2人は悲惨です。
のどかはいつまでたっても過去の病気のネタを引っ張るばかりで、アスミに至っては今も昔も同じようにプリキュアとして活動を続けてるだけ。
この2人に関しては、そもそも選択する段階にすら辿り着いていないと思います。
生きる上での選択を行っていない、それはつまり「何もしていない」と同義のことだと思います。
4クールもの期間があって何もしていないとはどういうことでしょうか?

結局メインキャラ4人の内、2人は消化不足、もう2人はそもそも何もしていない始末ということになり、
まともにオチの付いたキャラクターは1人も存在しないことになってしまいました。
これでは、たとえ作品のテーマが「選択すること」に注力していたとしても、その完成度はお世辞にも高いとは言えないです。



ヒープリex_2

◇対人関係の弱さと、それに伴うドラマの薄さ

本作はプリキュアと妖精間の関係描写を重視してきたのは先述した通りですが、
限られた尺の中で両者の関係を重視するあまり、他キャラクター間の関係描写にしわ寄せをきたすこととなってしまいました。
プリキュア同士の関係なんかが特に分かりやすく、個人に発生した悩み事は全体で共有するよりも当人と妖精の間で話し合って解決してしまう傾向が強く、
対人関係の横の繋がりが薄く感じてしまうことがしばしばありました。

これに関して最も煽りを受けてしまったのが追加戦士のアスミです。
出自の時点で周囲から浮いた存在だというのに、身体年齢のせいで学校にも通わせてもらえないせいで物理的に他プリキュア3人と距離を置かれることとなってしまいました。
居候している花寺家の交流もなく、かといって街に出て住民とコミュニケーションをとることもなく、つまるところ前作のユニと殆ど同じ状況に置かれ、
パートナー妖精であるラテとしかまともにコミュニケーションできない孤独な独身女性みたいな扱いになっていました。

敵とのドラマも薄かったです、
グアイワル、シンドイーネはともかく、鳴り物入りで登場したバテテモーダが特に何事もなく消滅したことは唖然とする他ありませんでした。
唯一ダルイゼンのみ、かつて のどかを宿主とした病原体であり、密接な関係にあったことが明かされました。
のどかの人生を大きく奪った病気をもたらし、なおかつ自身の中で育ててしまったダルイゼンとは壮絶な因縁の上でのドラマが展開される… のかと思いきや、
のどかは病気にまつわる一連の出来事にあっさり折り合いをつけ、
ダルイゼンの方はそもそも大して気にしてない(そもそも過去に終わったことなのだから気にしようがない)様子を見せてしまったため、
せっかく生まれた関係が全く進展せず、戦闘の場に立っても両者にらみ合うばかりで因縁固有のドラマが殆ど展開されませんでした。
事の発端として、ダルイゼンが のどかに憑依したのは特別な理由があったからではなく、ただそこに のどかがいただけのお話だったので、
因縁そのものが弱かったことも、関係性が広がらなかった一因だと考えられます。

結局両者の因縁は膠着したまま、終盤で のどかは「悪者なんだから倒す」という当たり前の結論の下にダルイゼンを倒してしまいました。
シリーズ構成の香村さん曰く、「最近のプリキュアは敵と和解することが多かったけど、それを無理強いするのはよくないと思ったので方針変更しました(意訳)」とのことでしたが、
ただ倒すだけの結末にするなら、両者の関係をここまで膠着させた意味はなかったと感じています。
意味もなく敵を救済する展開を私は好みませんが、ドラマの積み重ねを否定して「悪者なんだから倒す」という当たり前の結論に帰結されることを偉そうに提示されるのも困りものです。

全体のストーリーも、プリキュア間同士の仲も、敵同士の関係性も、その中に秘められた因縁関係も全て捨て、
そうした犠牲の果てに出来上がったのがプリキュアと妖精間の関係描写だけというのはあまりに割に合わないと思いました。



ヒープリex_3

◇とか何とか言って結局コロナあったんだから話が崩れるのは仕方なくね?
 それを無視してグチグチ文句垂れるとかこの記事書いたやつマジ陰キャこじらせすぎだろ


悪いのはコロナです。と言ってしまうのは簡単ですが、
製作面に強く影響していたかと聞かれればかなり疑わしいです。
というのも、シリーズ構成の香村さんのインタビューによると、

 ① 元々東京オリンピック開催時の対応として、従来よりも話を組み替える想定はしていた
 ② 38話(ちゆがハイジャンしながら女将を目指すようになる回)は、放送休止前(6月以前)の時点で脚本が決まっていた
 ③ ダルイゼンがプリキュアに倒されるオチは1話の時点で決めていた


と主張しており、本作のストーリー構築は初期の時点からかなり計画的に構築・計算されていたことが分かりました。

個人的には②が1番驚きです。38話の脚本を手掛けたのはサブライターの伊藤睦美さんだったのですが、
シリーズ構成である香村さん自ら「脚本が決まっていた」と仰っているのであれば、
恐らく香村さんが考えたプロットに対して、伊藤さんが脚本として肉付けしていたのだと考えられます。
その脚本を見て私が何を思ったかとは、当時の感想記事をご参照ください。

ここでこれまでの前提を覆すような驚きの事実が浮かび上がります。
過去の感想記事にて、私は今作の脚本の不出来っぷりに対し、「構成が機能していないせい」だと思っていたのですが、
もし上記の38話の脚本のやり取りの見立てが正しいのであれば、構成はむしろ機能していたことになります。
つまり、本作の不出来は構成が機能していた上での結果と言うことになります。
最初上記のインタビュー記事を読んだ時は天地がひっくり返るほどの衝撃を受けました。ええ、受けましたとも。

今となっては、「構成が機能していない」からではなく、「構成が機能しすぎた」からこそ本作はダメになってしまったのかな、と思いました。
というのも、③のダルイゼンがプリキュアに倒されるオチに関しては、シリーズディレクター自ら「ちょっと待ってくれ」と一旦は制止しようとしたみたいなんですが、
何やかんやでその構想通りに事が進んだことから、本作の製作体制はシリーズ構成主体で進んでいたのかなと思いました。
言い方悪いですけど、ディレクターやプロデューサーといった上位スタッフ達はシリーズ構成の言いなりの状態だったんじゃないかと。
両者のインタビュー記事内でも、「香村さんが言ってました」「香村さんの言う通りでした」みたいなことが書かれていたのでますますその疑惑は膨れ上がりました。

構成云々以前に、物作りをするチームとしては内部統制がとれていなかった、というのが本作の製作現場の真相だと私は思っています。
何故そんな製作体制になってしまったかは、製作チームの根底にある東映アニメーション側の体質によるんじゃないかな、と考えています。
「シリーズ構成が大暴走」「上位スタッフが制御できていない」、これ一昨年のハグプリでも同じ事象起きてますもんね。
裏を返せば、ルパパトやジュウオウジャーのような香村さんの輝かしい功績に関しては、制作チームの内部統制がとれていたからこそ、だとも考えられます。
嗚呼、ニチアサ鑑賞する上での懸念事項が増えてしまった。



ヒープリep44_0

◆まとめ

本作の評価を一言で表すなら、「楽しくなかった」といったところです。
作品の客観的に面白さ・つまらなさは視聴モチベに大きく影響するものではありません。
無論、話が面白い方がモチベは上がりますが、つまらないならつまらないなりに見所は探せるものです。
事実、前作のスタプリは脚本のガバっぷりを笑い飛ばすことで視聴モチベを保つことが出来てました。
アレはアレで楽しかったんです、私。

一転して、本作は中途半端なキャラのストーリーやドラマのぶん投げなど、作品の要素を笑い飛ばすまでに至りませんでした。
特に「何もない人」こと主人公・花寺のどかさんにはほとほと愛想が尽きました。
おまけに製作サイドの情報を掘り下げる度に現場のキナ臭い事情が垣間見えてしまい、本作の印象の悪さに響いています。
私はストーリー構成に関しての情報収集がしたかっただけなんだけどなぁ。
とにかく、全方位でどうしようもない作品でした。

本当に何もない作品だったので、本作から得られたことは皆無ですが、
強いて言うなら雑誌インタビューから、「香村さん率いる製作チームの不安定さ」と、
「東映アニメーションへの不信感が強まったこと」が唯一の収穫と言えるかもしれません。
それはプリキュアという作品ではなく、徳間書店さんが頑張って取材したから得られたことなんですけどね。

以前にも話したように、私がニチアサが見て記録したいのは、ニチアサという枠の中で作品に生じていく「変化」です。
ただ、何もない方向に変化していくのは歓迎しません。そんなこと記録したって生産性ないですから。それも2年連続はたまったものじゃありません。
次回こそは、「何かある」方向で変化していってほしいなぁと、心から思います。


これで

ヒーリングっど プリキュアの

お話は 

お し ま い























































ヒープリex_4

まだ映画が残ってんだよなぁ…
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まさしく、底

前回コメント欄でご指摘なさったように私は今作には大変不満を抱いております。
それも、今まで一番。
もはやこれは出来不出来の話じゃなくて生理的に受け付けるか否かの話です。
と同時に最近の出来の悪い作品たちも欠点は多いけれど、(論理や積み重ねは別として)とりあえずヒーローっぽい事をしたりキャラを動かしたり(扱いきれるかは別として)ワクワクドキドキするような事を提示しよう等といった女児/幼児向けアニメとしての最低限のラインは守ってたんだなと思わされます。

そして、同時にご指摘なされたシリーズの今後に期待するのかという旨に関しては、次でダメならもう...といった感じです。
というのも実は今作が始める時点で同様の事は考えていたものの、香村氏や氏の作品に関しては何も知らなかった上にさすがにこれより個人的評価が下回る作品は無いなという事で判断は次作に持ち越しという事です。

次作に関しては結構ポジティブに見ていて、まずキャラデザが結構気に入っている事(少なくとも可愛い女の子目当てで視聴モチベは保てる)、脚本が同じ女児アニメのミュークルドリーミーでかなり面白い上に自分好みな話を書いてくれている横谷氏だからです。
逆に言えばこの人でダメなら記事中で挙げられているような構造的な問題、もうスタッフがどうこうで改善する問題じゃないんだなと確信出来ます。
とりあえず次作には、いきなり他のような面白い脚本は期待しません。でも、最低限のラインは守って可愛い女の子がキャッキャッしてる様子が見れればもう及第点です。
無味無臭でも良い、ただ不快な物は見たくない。それだけです。

繰り返しのようになりますが、その低い低いハードルすら越えられずにまた生理的に受け付けないとかそんな言葉を言わせるような作品になったらもう何をやってもダメです。
もしそうなったらいくら未練がましくてもシリーズとはお別れにします。
[ 2021/02/24 02:30 ] [ 編集 ]

Re: まさしく、底

反省会スレの民様、コメントありがとうございます。

>とりあえず次作には、いきなり他のような面白い脚本は期待しません。でも、最低限のラインは守って可愛い女の子がキャッキャッしてる様子が見れればもう及第点です。
ストーリーはいいからとりあえずキャラだけでも何とかしてくれ、って感じですかね。
自分から聞いておいて何ですが、ご自身がそう仰っているのであれば私から言うことはありませんし、言う資格もないと思います。
健やかに視聴できるといいですね。
[ 2021/02/24 23:03 ] [ 編集 ]

東映アニメーションを救いたい

総評お疲れさまでした、私も香村先生へのインタビューには驚きました、
これでは東映アニメーション内部に香村先生の悪癖を理解し箴言できる人がいたのかどうかもわかりませんね、
記事を読んでいると、すべての責任を香村先生に押し付けて自分たちはどこ吹く風のようにも見えますし。

同時に思ったことは「これ、早くも次回作に暗雲が立ち込めてないか?」ということですね、
おそらく、トロプリが描くテーマの一つに【やる気】というものが出てくると思うのですが、
今作を見ているとやる気がありすぎてもダメ、やる気がなくても当然ダメという答えがすでに出ているのがまた…
(そもそも東映側にやる気があるのなら近年のニチアサはもう少し見れる内容になっていると思うのは傲慢ですかね?)。

とにもかくにも東映はおろかニチアサは大きな変革をしないといけない時期になったと言えます、
東映が覚醒するかそれともテ□朝とともに沈んでいくのか?それを観察するためにも視聴していきたいと思う所存です。
[ 2021/02/24 23:55 ] [ 編集 ]

Re: 東映アニメーションを救いたい

さくにゃん様、コメントありがとうございます。

>記事を読んでいると、すべての責任を香村先生に押し付けて自分たちはどこ吹く風のようにも見えますし。
香村さんの暴走を止めようとして止められなかったのか、傍から止める気が無かったのか、
今となって走る由もありませんが、正直東映アニメーションスタッフの皆さんプロ意識薄くない? とは思ってしまいますね。

>そもそも東映側にやる気があるのなら近年のニチアサはもう少し見れる内容になっていると思うのは傲慢ですかね?
スタプリもそうでしたが、広報・企画面に妙にやる気がある分、制作側の空虚さが目立ってしまっています。
やる気のバランス見直してほしいです。
[ 2021/02/25 01:21 ] [ 編集 ]

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